今年一冊目読み終わった本🧡
今年は文豪たちと仲良くしたい✨

夏目漱石の何歳の作品かということも何も知らないまま読み進めた。
正直読み始めは少々退屈だった。
役所に勤める夫と家を守る妻の東京での暮らしぶりや
二人の性質的なものが延々描写されるのだが、
これを読ませてしまうのがやっぱり漱石だと思った。
物語の三分の一くらい来ると、
近所の坂井という人が
ある事件でもって主人公の生活に関わりを持ってくるのだが、
このあたりから
色々なことが薄皮を剝ぐように明らかになってくる。
実は主人公の妻は
かつての主人公の親友の恋人で(略奪婚やん←心のツッコミ)、
その後ろ暗さから京都大学をやめることとなり(エリートやん)、
奥さんは流産してしまい子供はないままで
各地を転々とした後に出身地の東京に戻るも
親戚とは距離を置きたく(心持はわかる)、
何をするにも全般に、
「親友の恋人を取った自分」という事実が
影を落とす。
クライマックスでは
満州にわたったその親友の近況を思わぬ形で知ることとなった主人公が、
精神の均衡を失い、平安をもとめて鎌倉の禅寺の門をくぐる。
十日の滞在で何ものをも得られなかった主人公は
東京に戻り再び続行する生活とそこに落ちる影と対峙しなくてはならなくなる。
さて、
この物語の主人公に、
こののち禅による変容があるのでしょうか。
小説の最後はどちらともとれるような終わり方をしています。
主人公が
銭湯の客同士の挨拶を家人に利かせるところは少し救いがあると思われますので、
書き写します。
❄️ ❄️ ❄️
ある日曜の午(ひる)宗助は久しぶりに、四日目の垢を流すため
横町の洗湯に行ったら、五十ばかりの頭を剃った男と、三十代の商人らしい男が、
漸く春らしくなったと云って、時候の挨拶を取り換わしていた。
若い方が、今朝始めて鶯の鳴声を聞いたと話すと、坊さんの方が、私は
二三日前にも一度聞いたことがあると答えていた。
「まだ鳴きはじめだから下手だね」
「ええ、まだ充分に舌が回りません」
宗助は家へ帰って御米(およね)にこの鶯の問答を繰り返して聞かせた。御米は障子の
硝子に映る麗らかな日影をすかして見て、
「本当に難有(ありがた)いわね。漸くの事春になって」と云って、晴れ晴れしい
眉を張った。
宗助は縁に出て長く延びた爪を剪(き)りながら、
「うん、然し又じき冬になるよ」と答えて、下を向いたまま鋏を動かしていた。
完
❄️ ❄️ ❄️
座禅という初体験で何も得られずに帰京したと思っていた宗助ですが、
鶯問答で、始めの一歩は誰にでもあるということを感じたのかもしれません。
あらすじを書いたところで
電池切れになったのでこれで終了します。
お付き合いいただいてありがとうございました。
新年や明けた描写がふんだんにあるのですが、
いいものですね。

お飾りも外して、今日は七草。
お元気で!

















